魏志倭人伝&卑弥呼


ときどき三国志時代の日本
弥生時代の情報も提供しています。

福岡県の元岡遺跡群(「魏志倭人伝」伊都(いと)国)
から国内最古の弥生時代 鞘尻(さやじり)金具出土が見つかったそうです。

鞘尻は約1800~2000年前のもの
後漢・三国志時代の中国製
青銅製
長さ:2.95cm
幅:2.85cm
厚さ:0.9cm

長さ20cm前後の刀子(とうす)(小刀)を入れる
鞘の先端につけられた装飾品

刀子は武器のほかに木簡や竹簡に書かれた文字を削る道具
(文字の間違いなどがあると削って新たな文字を入れるために削ったようです。)

「大陸との間で文字を使った外交が行われていた可能性をうかがわせる発見」
なんだとか。
まだまだ判っていない日本の当時のことがまた少しわかってきたようですね。

鞘尻金具は26日~6月29日、福岡県前原市
伊都国歴史博物館で公開されるようなので
興味のある方は見に行かれてみてはどうでしょうか?

読売新聞の記事
伊都国歴史博物館

「魏志倭人伝」で三国志とも関わりのある
邪馬台国の映画がこの秋公開されるそうです。

以前、吉永小百合さんが
卑弥呼を演じるとお伝えした映画

吉永小百合 卑弥呼演じる

がこの

映画「まぼろしの邪馬台国」

のようです。

「邪馬台国はどこにあったか」という謎解きの部分も
あるようなので楽しみです。

[おまけ]
学術的なことはわかりませんが
三国志城博物館のある山口県光市 石城山は遺跡が豊富で山姥伝説などもあり
第三の邪馬台国説も地元ではあるのだそうです。

読売新聞の記事

ぎりぎりの情報ですいません。
三国志の魏志倭人伝(ぎしわじんでん)で知られる
邪馬台国(やまたいこく)の卑弥呼(ひみこ)
のお祭りが今週末おこなわれるそうです。
場所は九州説の本場 福岡県。

すごいのは全長150mの竹で出来た白龍。
その中では売店もできるようです。

お近くの方は是非行かれてください。

第一回「卑弥呼の火祭り」
日程:2008年2月8日~2月10日
会場:
福岡県みやま市瀬高町長田2975番地1外
船小屋中之島公園大楠の森

8日 18:00~
   オープニングセレモニー
    祭事初め式
     ・水田天満宮稚児風流 ねりあるき
     ・劇「女神降臨」
9日 10:00~19:30
   和太鼓、大道芸、ギター演奏、詩吟(モダンバージョン)

10日 10:00~19:30
    スイング楽団、竹楽器演奏 、ハンドベルとトーン、
    吟詠・剣舞、よさこい 、和太鼓、幸若舞、祭事納め式、雅楽

卑弥呼の火祭り公式サイト

少し情報遅くなりましたが

歴史書「三国志」にある日本の記述「魏志 倭人伝」。
そこに記述がある弥生時代の
「末盧国(まつろこく)」と「一支国(いきこく)」

それぞれ、
王墓(末盧国)と船着場の環壕(一支国)が発見されたそうです。

 「末盧国(まつろこく)の王墓」は
唐津市の「桜馬場遺跡」で、王墓の位置を特定する甕棺墓の遺構が発見されたのだとか。
戦時中に見つかってはいたものの場所が判らなくなっていたそうです。

一方の
「一支国(いきこく)の船着き場の環濠」
船着場自体はすでに見つかっていたそうですが、
それを防御した環濠が、壱岐島の「原の辻遺跡」で発見されたのだとか。

ちなみに、環濠とは水をはったお堀のこと。
船着き場を守るための防御施設だったのだとか。

あまり判っていない弥生時代の事が徐々にわかるのは興味深いです。

なお、話しはそれますが
今連載されている漫画「覇-LORD- 」の主役は
卑弥呼の倭統一に貢献した日本の武将。
彼が劉備を名乗り活躍する奇想天外なストーリーです。
三国志ファンで日本人としては、三国志時代の日本がどうであったかは
少からず気になるところでしょう。
主役にしてしまう気持ちもわかりますね。

佐賀新聞の記事

東京新聞の記事

三国志の英雄たちが活躍したときに日本人は何をしていたのか
知りたいとおもう人は多いとおもいますが、それを唯一知る手がかりとなるのが
「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」(「三国志」の中で日本について書かれた部分)

といってもこれが日本についての最古の記録であり
「邪馬台国」がどこにあったのかまだ明確になっていないほど
詳しいことはわかってないわけです。

「魏志倭人伝」で「伊都国(いとこく)」といわれる福岡県糸島地方
そこにある大塚遺跡から、
弥生時代(3世紀)の鍛冶(かじ)工房跡を発見されたそうです。

鍛冶炉や国内最古級のかまどの遺構が出土し、
工房の全容をほぼ完全な形で確認できるのだとか。

直径約12メートルの外周溝に囲まれた建物跡
ともに100点近い鉄鏃(てつぞく)(鉄製やじり)など鉄器の未完成品や鉄の破片も出土し
古墳時代以降に一般化したかまどが、すでに建物の壁際に設けられていたことも
分かったのだとか。

折りしも今日の読売新聞の記事で
四川省でも「後漢代の製鉄所跡」が見つかったそうです。

正直なところ、遺跡跡を見たところで面白くもなんともないわけですが
大好きな時代との数少ない接点を実感できるという意味で
想像力を掻き立てられてますね。

同時代同士でも、日本のほうはだいぶ技術的にも規模でも遅れていたことでしょうね。
徐々に当時の日本の事がわかっていくことは興味深いことです。

西日本新聞の記事
読売新聞の記事