三国志でいうところの荊州(けいしゅう)であった
湖北省の鄂州市(がくしゅうし)
揚州(ようしゅう)に接するところで
赤壁よりもまだ東なので
呉の勢力圏だと思われます。
そこで
7基の三国時代の古墳群が工事中に発見されたそうです。
1基が10m×5mぐらいあるのだとか。
古墳の主人はおそらく三国志初期の将軍なんだとか。
呉の武将でしょうか?
今後の調査が楽しみです。
◎おまけ
武将のお墓発見の話しでは四川省で1月にもう一つありました。
蜀の武将で、黄忠(こうちゅう)と共に老将として活躍した
厳顔(げんがん) の墓が見つかったというような記事です。
しかし、しかし完全に見つかった、確定したという部類の話しではなく
三峡ダム工事中に、重慶市忠県で、飾りつけのある灯籠の墓群104基がすでに
1987年には発見されており、2001年から発掘がおこなわれていました。
(総面積10000平方メートル)
いろんな構造の墓があり
いろんな金や銅などの金属や、ガラス細工、石器、埴輪、土偶など
1000数件副葬品も見つかったそうです。
専門家がここが三国時代の蜀の名将「厳顔一族の墓」の所在地であると推測。
その可能性が高まったというのが今回の記事のようです。
四川省巴中市には、「厳顔の墓」といわれるのがありますがどうなんでしょうか。
しかし、まだまだ中国では三国時代の遺跡が出てきそうです。