遂に長安と漢中が・・・

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三国志の時代 長安(ちょうあん)といわれた今の西安市と
漢中(かんちゅう)といわれた漢中市
三国志ファンならおなじみの地名です。

劉備の跡を継いだ蜀の諸葛孔明が
魏に攻め入った北伐の戦い。
漢中から進みでて長安をせめるというのが
戦術的目的でした。

秦嶺山脈を越えての過酷な遠征であったため
かの天才軍師をもってしても目的を成就できず、
戦場で病に伏し死を迎えるのでした。

そんな過酷な山道は最近まで
大幅な変化なく移動もたいへんでした。
そこに遂にトンネルをほりようやく高速道路が開通したのだとか。

138.78億元(約2200億円)を投じた大事業です。

観光としては、成都-漢中-西安などが
近くなりうれしいことですが、
昔の雰囲気がどんどんなくなり近代化されることに
寂しさを感じなくもないですね。

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