貂蝉由来の文化財を発見!?

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貂蝉(ちょうせん)といえば三国志演義(三国演義)で
呂布(りょふ)と董卓(とうたく)を仲違いする為に
王允(おういん)が用意した美女。
 この連環の計(れんかんのけい)のために自らを犠牲にして
二人の仲を裂くことに成功するという架空の人物です。

架空の人物なのに、中国四代美女の1人として扱われます。

中国では、実在の人物とする説も唱えられているとか。

出自については、甘粛省臨洮・陝西省米脂・山西省忻州と
諸説あるそうです。

その彼女の名前のついた村の
唐代の墓誌と宋代の石刻が発見されたようで話題になっています。
河北省永年県にその村はあったのだとか。

墓誌の銘文には「貂蝉里」、石刻には「貂蝉村」
とあるそうです。

ただ、現在はその地名は存在しないようです。

石刻 高さ60cm、重さ約500kg
銘文41行、縦書き約1000字。
「乾興元年(西暦1022年)八月一日戊戌時立」と制作時期が記されていて、
「永年県 貂蝉村 木匠都料馬誼(永年県貂蝉村の木工、馬誼)」と刻まれているとか。

河北省邯鄲市博物館の館長さんは
「貂蝉と河北省永年県には重要な関係があった」と推論しているようです。

ただ、非常に物証が少なく説得力に欠け
まさに推論にすぎないかんじではあります。

村自体、三国時代からだいぶ後の時代なだけに、
貂蝉とは全然関係ない村の人が、三国志の「貂蝉」から名をとって、
勝手に「貂蝉村」と名乗っていたのかもしれないし、
たまたま文字が同じだったのかもしれませんが
どちらにせよ。興味深い話題であるのは確かですね。
いろいろ想像ができそうです。

今後またなにか調査でわかるといいですね。

>北京週報の記事