ニッポン人が好きな100人の偉人〜天才編〜

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正式なタイトルはウロ覚えですが、諸葛亮さんが第4位獲得御目出度う御座います(誰に対して??)
殆どが民間伝承からのエピソードでしたので、諸葛亮に関してそんなに詳しくない方でもわりと楽しく御覧になれたのでは、と思います。
で、例の気球のお話、僕の持っている本にありましたので、抜粋して紹介しておきます。

諸葛亮の姓の由来
諸葛亮は本姓を葛といい、山東は諸城葛家荘の生まれである。若くして両親を亡くし、昼間は大工仕事を学び、夜は読書に励んだ。勉強熱心で、手先が器用だったので、大工の腕は県令に知れ渡るほどになった。ある年のこと、諸葛亮は金持ちに苦しめられている貧乏人に同情して抗議したため、讒言により入牢する羽目になった。その年の元宵節が近づくと、土地の役人はお祭り用に大きな灯籠を作って自分の威勢を示そうと考え、大工の諸葛亮にその制作を命じた。彼は即座に引き受けると、三日三晩かかって、丸い大きな灯籠を作り上げた。元宵節の夜、諸葛亮は灯籠の中に潜り込み、百本のろうそくに火を点した。すると灯籠に描かれていた人や馬が動き出すではないか。しばらくすると、今度はふいに灯籠がパッと空へ舞い上がった。役人は驚き慌てたが、見物人は手をたたいて大喜び。諸葛亮は騒ぎをよそに、灯籠の中に悠然と座って入る。人々は口々に「ごらんよ。何て明るいんだろう。亮々とした孔明!孔明灯だよ!」と叫んだ。孔明とは山東の方言で非常に明るいという意味である。灯籠は風に来って村々を越え、陽都県葛家荘まで飛んで行った。ろうそくが燃えつき、灯籠が地上に降りると、村人たちは大変驚いて、どこから来たのかと尋ねた。彼が「諸城県葛家荘から」と答えたので、人々は彼を諸葛と呼ぶようになった。そこで彼は孔明灯にちなんで、姓を諸葛、名を亮、字を孔明とすることにした。/岩崎美術社刊、三国志 中国伝説のなかの英傑より

「ニッポン人が好きな100人の偉人〜天才編〜」への1件のフィードバック

  1. なるほど
    「孔明灯」というのはそれが由来でしたか。
    じつは、中国で
    「孔明灯」というちょうちんを
    見かけていたので、孔明と関係あるのか
    気になっていたのです。
    今度販売も検討したいと思います。

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