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三国志ブログ英傑群像通信

11月 24th, 2005 at 18:47

三国志X with PK 高華伝 第8話

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三国志X with PK 高華伝 第8話「高華危うし!華麗なる曹操の用兵と都督昇進」

河内の市内に布陣した曹操軍は、ほとんど無傷×10部隊の大軍勢だった。
大将は曹操。副将は曹昴の親子タッグだ。

迫力の曹操軍に圧倒されている場合ではないと思い出し、さっそく自軍部隊を東西に振り分ける。河内所属の味方はほぼ全滅に近い状態。
とくに騎馬部隊を率いる魏続は、自分と兵士1人と言う有様。
恐らく、彼は城外に出て相当頑張ったに違いない。

やがて曹操軍が、東側に展開し始めたので、主力をそちらへ持って行く事にした。
しかし・・・高華、女の勘か自分は左から動いてはいけない気がしていた。

東側にどんどん密集する部隊。
関羽&関平親子が奮戦する中、高華は張燕を護衛に付け、じっと指揮を執っていた。

そして・・・予感的中。
高華向かって進軍して来る敵部隊を発見した。
無傷の曹操本体である。

高華「うっ、怖っ・・・」

非常に怖い。しかし、「私には張燕さまが着いている!」と勇気を出す高華。

高華「張燕様の部隊は私が指揮を取ります!曹操軍本体に向け一斉射撃!」
張燕「高華殿が指揮を?ならば安心だな。よし!曹操軍本体に向け一斉射撃!」

突騎兵を率いる張燕が、離れたところから、曹操軍本体に矢を浴びせる。

一方の乱戦を尻目に曹操vs高華の大将同士のガチンコ勝負が始まった。
当然、こちらは騎兵、相手は歩兵。
高華が有利になって行く。数回の接触の後、曹操部隊を壊滅した。

高華「やった!勝ったわ!」

と思ったのも束の間、曹操は支隊へ逃げ込んでいた。
逃走先の曹操の支隊は、東の密集した中にいる。

高華「ま、まさか・・・敵を欺く手法?」

急いで、張燕を急行させ、曹操だけを狙って攻撃していく。
関親子をディフェンダーに回し、張燕の遠距離からの射撃で曹操部隊を撃ち減らしていった。もちろん、高華も戦場の東側へ移動している。

そして、支隊壊滅。

高華「今度こそ、勝った!」

と思うが、それも糠喜び。
何と、もう一つ残っていた支隊にまたも曹操は逃げ込んでいた。

しかもその部隊は、政庁のすぐ側。
つまり、曹操を撃破するごとにこちらが追い詰められていると言う状況。

高華「お、恐るべし、曹操の用兵術・・・。さすがだわ・・・」

自分自身を囮に使う大胆な策である。さすがは、兵法を知り尽くした男。

しかし、ここで慌てる高華ではない。
時間はまだある。
冷静に指揮を執り、ゆっくり丁寧に曹操を撃破して、勝利を得た。

高華「けれど、油断は出来ない。そうとう出来るわね、あの方。」

曹操は、今、中原と徐州を治め、一大勢力となっている。
彼に一目おいた高華は、今後の曹操との決戦を考えると頭が痛くなって来るのだった。

* *

日が過ぎるのは早い。
可北の小競り合いの中、袁家の君主、袁紹は高華に処断され、息子の袁譚が後を継いでいた。呂布は、大将軍に任じられ、高華は洛陽太守に転任。
袁術が、皇帝を僭称して成の国を興し、各地の剛勇たちも少しずつ、勢力がまとまりつつあった。

206年。長男の翔が成人した。これで彼も晴れて呂軍の将となる。
息子は晋陽の太守を勤める父、張遼の元で働く事となった。

これで自由に動ける身になった高華は、ある日、呂布に都督になってくれと頼まれた。
悩む高華。
しかし、OKすれば、自由気ままにやれる!と思い引き受けることにした。

都督になって、まず始めた事は、人事だった。
ここで思い切って夫、張遼と息子、翔を呼び戻す。
これで、家族揃って戦に行けると言うもの。
一番の理由は、非前線都市にいる夫の武を無駄にしたくないのが本音だった。

次に人材探索と登用。
そして、内政に軍備。
凄い勢いで内情を整えて行く。
かねてよりの課題であった曹操軍撃滅のため少しずつ地盤を固めて行った。

一方で君主・呂布も濮陽まで進出して居た。
高華は、それを機と捉え、陳留→小沛→下邳を取るため、動き始めた。

しかし・・・迎え討つのは曹操の息子、曹昴と曹彰。
これが意外に手を焼かされる。

結局、最初の陳留は時間切れで引き上げる事になった。
行く手を阻む硬い3つの城門、曹昴の落ち着いた采配と曹彰の陽動に悩まされたのが原因だ。

しかし、それもいつまでも続きはしない。
3度目の攻略時の事。
相手方に挑発された張遼が夏侯惇に一騎打ちを仕掛けた時に流れがこちらに向いた。

あの勇猛で知られた隻眼将軍とは言え、怒った張遼には適わなかった様だ。
一騎打ちで一方的に夏侯惇を討ち取られた後の曹操軍の崩れ方は見るも無惨だった。
曹操軍は陳留を放棄、小沛に逃げ込む。
それを高華軍は追撃した。

あっと言う間に陳留→小沛を落とし、下邳へ曹操軍を追い詰める。
しかし、その隙に陳留を落とされ、高華軍は小沛に孤立。
退路を断たれては!と、すぐさま取って返し、陳留を奪い返す。
その間、南下して来た袁譚軍に下邳を奪われた曹操軍は、成の袁術を滅ぼし拠点を寿春に移していた。

高華軍は、袁家が攻め込んで来ないと見ると、汝南、寿春を曹操軍から捥ぎ取った。
とうとう、最後の城郭である廬江に追い詰められた曹操軍は、高華軍の隙を突いて汝南を取り戻す。
イタチごっこである。

高華「う〜ん・・・曹操。全く、手を焼かせてくれるわ・・・。」

ここに戦に明け暮れる高華の姿があった。

>>つづく

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